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谷崎潤一郎

谷崎潤一郎文学碑

 豊麗な官能美と陰影ある古典美の世界を展開して、常に文壇の最高峰を歩み続けた文豪「谷崎潤一郎」が、昭和17年秋に河口湖畔勝山に滞在し名作「細雪」を執筆した。谷崎夫妻は小説の中の貞之助・幸子となって当地のホテルに宿をとり、思うさま富士山の美しい姿を味わい、また幸子はこの碑文のような感想を抱き、この湖水のまわりの空気を胸一杯吸ったのであろう。
 碑は、本を開いた形をデザインし、細雪の一説を谷崎の直筆で刻んでいます。
 詩情豊かな河口湖のほとりにふさわしい話題のスポットです。
文学碑
平成8年5月30日 除幕
 明治19年(1886)、東京日本橋に生まれる。旧制府立一中、第一高等学校を経て東京帝大国文科に入学するも、のち中退。明治43年、小山内薫らと第二次「新思潮」を創刊。「刺青」「麟麟」などを発表。「三田
文学」誌上で永井荷風に激賞され、文壇的地位を確立した。
 「痴人の愛」「卍(まんじ)」「春琴抄」「細雪」「少将滋幹の母」「鍵」など、豊麗な官能美と陰翳ある古典美の世界を展開して常に文壇の最高峰を歩みつづけ、昭和40年7月没。
この間「細雪」により毎日出版文化賞及び朝日文化賞を、「瘋癲老人日記」で毎日芸術大賞を、また、昭和24年には、第八回文化勲章を受けた。昭和16年、日本芸術院会員、昭和39年、日本人としてはじめて全米芸
術院・アメリカ文学芸術アカデミー名誉会員に選ぱれた。
拓本